【どん底話2】相場の勉強はすればするほど負けます

こんにちは。
株式トレーダーの川合一啓(かわいいっけい)です。

さて、前回記事では、私のジェットコースター投資人生について軽く触れてみました。

これから、ほんの数回ですが

私の投資家としての歴史を知っていただくことで、投資のリスクをご理解いただくこと

でも投資を選ぶという選択が自分をこの上なく豊かにするというメリットも
判っていただきたいこと

更に、私の大失敗の内容を知っていただき
「そんな道をわざわざ歩まなくて良いのですよ」、とお伝えしたいこと 笑

まあ、そんなことを目的として、まずはじっくり川合という人間を丸裸に
していきたいと思います。

暫し、お付き合いのほどよろしくお願いいたします!!

では、早速進めてまいります。

学生時代

私は、大学4年次に就職活動をしていたのですが、時はバブルの真っ最中
(せんこう花火の火の玉が落ちる直前の頃)

引く手あまたの「超超売り手市場」
苦もなく世界のSONYグループへ入社が決まりました。

ただ、バブル期に学生生活を送っていたためか危機感というものはゼロであり、学生時代はパチプロ(スロット含む)でお金を稼いでいました。

当時のパチンコは、セブン機が世にでてからまだ2,3年の頃、セブン機も自分でボタンを押すことで回転をSTOPさせることが出来た時代。

もちろん、自分でSTOPボタンを押しても、フィーバー(大当り)フラグが立っていないことにはセブンが揃うことはないのですが

ただ、実は多くの機種で裏技がありまして、私は日々パチンコ屋に通い、どうも怪しいというゴロツキの後ろ側の席に陣取り

バレないようにどのタイミングでボタンを押しているのかを盗み見し、それを解析してセブンを出すタイミングを掴むことに成功しました。
※簡単に書いていますが、様々な条件(並んでいる数値など)に応じてSTOPボタンを押すタイミングを0.1秒レベルで変えていく必要はあった。

そして、学生でありながら、毎日平均5万円程を稼いでいた良き時代でした。

大学の長い春休みには、170万円程を稼ぐ新記録を立て、毎日友人を誘って焼き肉店に繰り出し(当時は、焼き肉が一番の贅沢だと信じていました 笑)

私が全てお会計するという、「あぶく銭身につかず」を日本中の学生で一番多く実践していただろうと自負しております。

そんな学生でしたから、首尾よく大企業に入ったものの、何も勉強らしい勉強をしていなかったこともあり

最初の3年間位は苦労の連続でした。
もう、会社へ行きたくない、とメンタルもやられたこともありました。

サラリーマン時代

ですが、悔しい思いをしたからこそ、必死になって仕事に取り組み続けていると、いつの頃からか、あいつの前向きな取組み方は良くないか、

と評価をしてくれる 奇特な人 も 増えていき

そのうち、責任ある仕事や、大きなプロジェクトにはいつもメンバーとして入れて貰えるようになりました。

もしかすると人間の能力にはさして差はない、人間誰でもやれば出来るのだというのがサラリーマン生活で学んだ一番大きな考え方です。

最初から優秀であったならば絶対に気が付けない洞察だったかと思います。
皆は学生時代にとっくに気づいているだけなのでしょうけど(汗)

そんな感じで仕事に懸命に向き合っていたのですが、人事課長になった40代には長年の仕事だけの生活に苦しさを感じ始めていました。

忙しすぎるのです。

2000年代~2010年代、SONYの業績は大変苦しく、Appleが急激に伸び、sharpの液晶テレビ、亀山モデルが日本中を席巻していた頃でした。

私は人事担当として、構造改革という名のもとグループ企業の再編、統合PJにも多く関わり、結局最終的には大規模なリストラに関与することになります。

誰かがやならければならない仕事ではありますが、はっきり言って楽しい仕事ではないですし、自身もしょっちゅう深夜帰り、休日もネット環境の浸透でメールがばんばん届く。

そのうち、この忙しさに追いまくられて、いつの間にか自分の人生というものが終わってしまうのではないだろうか、という寂しさというか、恐怖感が自分を覆うようになりました。

もうひとつ、SONYは本当に良い会社で楽しくも感じていたのですが、この世界的企業ですらあっという間に危機に瀕してしまう。当時、SONYの株価は最高値の15,000円超に対して、最安値でなんと「700円台」にまで落ち込んでいました。

自らの疲れ、自分という人生が失われゆく恐怖、大企業でも決して安泰ではない、リストラで会社を去る人たちの不安もひしひしと伝わってきました。

私自身も、祖父・祖母の介護、そして親も高齢である。そんな不安のオンパレードがのしかかってきた時

国や会社は決して自分を守ってくれない、「自分で生きる力をつける」しかない、と考え初めたのです。

今でこそそのような考えは一般的ですが、まだ昭和世代も多く働く時代、「身を粉にして労働するのが美徳」であると信じる人も多かった時代にそのような考えを持つのは

「責任逃れではないか、不誠実ではないか」

と自分自身を責めるという葛藤の中にいました。

簡単にいえば、自分がサラリーマンしか知らないから、サラリーマンとしての考え方が骨の髄まで染み付いていただけだったのですが、

当時は他の世界を知らないために、大きな視点で世界の事象を俯瞰する考えに至る道筋に気づいていなかったのです。

「自分の力で稼ぐ」

そうだ、自分の力のみで稼いでみよう!!

でもそうは言うものの、どうやって??

副業から始めればいいのか、ネットでビジネスでもやればいいのか、などと皆目検討もつかなかったのですが

そんな時に、株式投資がネットで出来ることを知り、私の学生時代、パチンコとパチスロで稼ぎまくったあの良き時代が脳裏をよぎり

おおっと、自分ならば「株式投資」でメチャクチャ稼げるのではないだろうかと、全く根拠もないのに、

パチンコと株式投資を=で 結びつけてしまいました。

結果までお話して、読んでいただくお時間も申し訳ないので、飛ばしますが、なけなしのお金を全てつぎ込み、その全てを失った私は、ここでも悔しさを、そのままにしておけない性格が表にでてまして

ここで、はじめて、株式投資の勉強、真剣にやらないと駄目だなと悟りました。

ところが、株式投資だけに限らずですが、相場の世界では

「勉強すればするほど負けるように出来ているのです。」

それも知らずに、懸命に書籍やネットで勉強し続ける日々を数年送りました。

「何故、投資は勉強すればするほど負けるのか」その答えは当ブログの
「相場の真実」をご覧いただければ判ります。

次回、私の大失敗を赤裸々に語ります

さて、この続きは

「自分の力で生きる」そのために「投資の勉強」を始めた私が自らの力のみを頼りに、大海原へ漕ぎ出し(会社を退職し)専業トレーダーになった話

だが、想像もしていなかった(思い出すのも辛い)辛難辛苦の日々が待ち受けていたことについて書いていきます。

ああ、私が欲にまみれて犯した大失敗の話です。

私の失敗を腹の底から笑いつつ、私を反面教師としてあなたの、これからの投資活動へお役立てください
(多分、得るものは何もないバカっぷりですが・・)

ということで、次回へと勇気を持って続けます・・・

お読みいただきましてありがとうございました!!

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